スウェーデン流ブランディングのあそび

最近はスウェーデンと聞いて、真っ先にグレタのことを思い浮かべるようになった。そう、あの若干16歳で世界中の環境活動家を鼓舞している、グレタ・トゥーンベリだ。彼女の出身地であるスウェーデンを訪れたことはないが、自ずと彼女が日々を過ごしている空間や時間に触れてみたくなる。

一つのきっかけから、無性に興味が湧き、もっと知りたくなる。
あなたがスウェーデンに興味を持つきっかけは何だろうか。
スウェーデンはどんなイメージの国だろうか。

ブランディングというフィルターを通ってあらゆる情報に接することで、私たちはスウェーデンや、他の如何なる対象にも「イメージ」を抱くようになっているらしい。ブランディングといえば、バウムが手がける仕事の一つである。ブランディングの役割はなんとなく想像できるが、それを仕事にするとはどういうことなのか。具体的に何をするのか。そのヒントを得るため、今回はスウェーデンを例に考えてみる。特定のイメージを持ってほしいと願うのは企業も個人も、国だって同じだと考えれば、スウェーデンが国家としてブランディングを行っていることはとうに当たり前なのかもしれない。

世界最大の家具量販店「IKEA」、ファストファッションブランドの「H&M」、ネット通信サービスの「Skype」や音楽再生アプリ「Spotify」:これらの名だたるグローバル企業は全てスウェーデンのアイデンティティの一部となっており、小国から生まれた意外性を込めて「Swedish Unicorns」と称されることがある。スウェーデンと聞いてこうしたインパクトのある大企業を連想する人は少なくない。一方、スウェーデンという国自体への印象はどうだろうか。

「グローバル企業排出国」以外にも取り柄があると世界に知ってもらうため、スウェーデンは「Nation Branding(国家ブランディング)」に力を入れている。特定の都市や地域の観光政策に伴う広告を目にすることはあるが、国で統一された何かしらのイメージやメッセージを発信している例は少ない。

スウェーデンは小さな国なのか?面積は日本よりちょっと広い。そこに東京と山梨を合わせたぐらいの人口が散らばって住んでいる。日本と同様に小国のスウェーデンも、世界に確固たる印象を与え、影響力を持ちたい。世界中の国と同じように、数ある旅行先の中から観光客に選ばれる場所でありたい。

 

 

 

(上)スウェーデンより北は北極圏に突入し、サンタクロースほどの超人でない限り生活しづらいので、人口のほとんどは南に位置する首都ストックホルムに集中している。
出典:The True Size Of…

 

まずは現在、傍からどのように見られているのかを知ることが先手である。国のイメージ調査を行う公的機関、Swedish Instituteが2018年に報告した結果は「市民や環境が優先される開発志向の国」だ。こうしたポジティブなイメージを広めることに加え、さらに印象的な国になるため、スウェーデンでは政府と非政府組織が協力して国家のプロモーションを行っている。The Council for the Promotion of Sweden(NSU)という、これまた珍しい組織体制だ。デザイン性の優れた国であるスウェーデンは、やはりスウェーデン流の方法で、スウェーデンらしさを世界に発信している。

 

ツイッターは市民に任せた!

2011年12月から去年の10月までのおおよそ7年間、スウェーデンの公式ツイッターにはスウェーデンに住む一般の人々(もしくは海外に住むスウェーデン人)が週替りで投稿していた。Swedish Instituteと公式プロモーション機関のVisit Sweden、地元ストックホルムを拠点にしているマーケティング会社Volontaireがタッグを組んで実践した「Curators of Sweden」というプロジェクトだ。

羊農家の青年、15歳の高校生、ドイツに住んでいるスウェーデン人の翻訳家、ノルウェーからの移住者など、選ばれたキュレーターの背景は目的通り、バラバラ。総勢356人のキュレーターが「スウェーデン代表」として参加し、伝統的なメディアとは異なるイメージを描く目的で、ありとあらゆる人が担当した。私が好んでよく見ている米国の某番組でも話題になり、アメリカ人司会者のスティーブン・コルベアが@swedenツイッターの管理者権限を要求するとともに「#ArtificialSwedener(偽スウェーデン人)」キャンペーンを打ち出すというやり取りがあった。コルベアの願いはスウェーデンによって正式に断られたが、このアカウントからプロジェクト開催期間の7年間に約200,000ツイートが発信された。実際に投稿されたいくつかのツイートをご紹介しよう。

 

2011年12月10日、午後9:45
Jack Werner
キュレーター第1号、フリーライターの22才。
The thing I love the most about Sweden is not commuting on saturday nights, that’s for sure.
訳:スウェーデンの一番好きなところはなんと言っても、土曜通勤が無いことだね。

 

2015年6月1日、午後9:52
Melina Arnell
スウェーデン西部Halmstad出身、音楽を学ぶ17才の高校生。
It’s time for tea again.
訳:またお茶する時間だ。

 

2018年9月26日、午後12:07
Mattias Axelsson
フットボール、歴史、宗教とスウェーデンの住宅政策についてのポッドキャストを作る教師。
We have sevaral days of the year dedicated to different pastry. For example semlor, waffles (March 25th), marzipan cake etc.
But one of my favorites is cinnamon bun day (Oct 4).
訳:年に数日、様々なペーストリーのための日が定められている。例えばセムラ*、ワッフル(3月25日)、マジパンケーキなど。
でも僕のお気に入りの一つはシナモンロール・デー(10月4日)。

*セムラ(semla)はスウェーデンの伝統的菓子の一種。 中身がくり抜かれたカルダモン味の甘いパンの中にアーモンドペーストと牛乳を混ぜ合わせたものが入れられ、その上にホイップクリームが加えられるのが特徴。(Wikipediaより引用。)

 

出典:The Local

 

「スウェーデンという国は人の数だけ多様な面を持っている」という考えを具体的に表す意図があった。みんなそれぞれ異なる意見*を持っているのは当たり前、むしろそれが国の強みとして捉えられている。国家がツイッターの主導権を一時的に手放すことによって、「スウェーデンは言論の自由と民主主義の国」というイメージをより強固なものにしたのだ。

* プロジェクトを安全に運営する上で、少ないながらいくつかの原則的な禁止事項はあった。スウェーデンの法律に反すること、商業的プロモーションを目的としたもの、セキュリティの脅威になることなどは禁止されていた。

このような方法を取った理由について、VisitSwedenのCEO、Thomas Brühl氏は「No one owns the brand of Sweden more than its people(スウェーデンのブランドはまぎれもなく人々のものだ)」とコメントを残している。エッフェル塔やコロセウムのような目立つ観光名所が無いスウェーデンだからこそ、人が主役になるブランディングという結論にたどり着いた(着けた)のかもしれない。

プロジェクトは各国のメディアから革新的だと注目を浴び、開始から6週間で1980万ドルものPR効果があったそうだ。スウェーデンが特に力を入れてPRを行っているアメリカで、仮に30秒のCMを全国放送で一回流すと平均で11万5千ドルかかるところ、スウェーデンが選んだ媒体はツイッター。民主主義的かつ経済的でユニークな戦略が高く評価された。革新に続いて、投稿者を定期的に変えていく「Rotation Curation」方式の国家公式アカウント*が次々と作られ、ツイッター上である種のムーヴメントを引き起こしたほどである。

* @WeAreAustralia, @TweetweekUSA, @PeopleOfTheUk, @CuratorsMexico, @GermanyTourism, 他。

 

「もしもし、こちらスウェーデンです」

言論の自由と民主主義を象徴するブランディング・プロジェクトがもう一つ、2016年にも行われた。検閲を廃止する憲法の成立から250周年を記念し、スウェーデンは「The Swedish Number」、国の電話番号を作った。かけたときにつながる先は、大使館の受付やその他公的機関などではなく、交換局を通じて、ボランティアでプロジェクトに参加していたスウェーデン在住の一般市民だ。ラッキーな数名はプロジェクトに賛同し自ら電話に出たスウェーデンの大統領につながった。その様子を撮した動画がこちら

 

 

ボランティアに対して話して良いこと・悪いことや通話時間などの指示は一切なく、スウェーデンの一アンバサダーとしてランダムにつながる世界中の人々と思いがけない会話を楽しむのみ。日本人にとっては、見ず知らずの誰かから電話がかかってくるなんて恐ろしくてしょうがないかもしれない。しかしこの企画を担当したデザイン会社INGOのクリエイティブ・ディレクターBjörn Ståhl氏に言わせると、スウェーデンには「とてもオープンで、この国や価値観について楽しんで話す人々がいる」ようだ。この計画が上手くいったのはスウェーデン人の国民性のおかげといっても過言ではない。

「Curators of Sweden」と同様、この国では「スウェーデン的思想」の多様性が尊重され、「国の一番の宝は市民である」というメッセージが伝わる。INGOに依頼をしたSwedish Tourist AssociationのCEO、Magnus Ling氏はまた「混沌とした時代に、多くの国は人々の間のコミュニケーションを制限しようとするが、我々は全く逆のことをしたい」と話していた。「The Swedish Number」の実施によって国家ブランディングの枠を超え、世の中の傾向に逆らってポジティブな影響を残そうとしていたようにも思える。やはりスウェーデンの考えることは良い意味で変わっている。

 

宿泊先は自然の中

先の2つとは視点を変え、スウェーデンの豊かな自然を取り上げた事例が「Sweden on Airbnb」。リベラルな社会イメージとともにスウェーデンが世の中に広めたいと考えている特徴の一つだ。Airbnbはシェアする精神に基づいて世界中のユニークな宿泊施設や体験を掲載したり、予約したりできるプラットフォームである。このプロジェクトは国とAirbnbが提携しforsman&bodenfors社がデザインを担当した。主に民宿やホステルなどが探すためのこのサービスを利用して、21世紀流の方法で自然の価値を伝えるべく、スウェーデンの国土全域がAirbnbにリスティングされたのだ。

スウェーデン・デザインの特徴とも言える自然由来の色を撮した美しい写真と、ウィットに富んだ文章はこちら。 出典:Airbnb

 

どういうことなのか。根底には、スウェーデンの法律で保証されている「Freedom to Roam(放浪の自由)」がある。自然の中を歩いたり、泊まったり、そこにあるものを自由に食べることのできる権利だ。Airbnbのプレスリリースには「あらゆる湖がプールに、山の頂は頑丈な岩のテラスに、草原は庭に、森はキノコやベリーがぎっしり詰まった食料庫になります」と紹介されていた。「自由に散策ができてしまったら自然環境が保護されないのでは」と心配されそうだが、スウェーデンの人々にとってそれは問題にならない。彼らにとってアウトドア・ライフはとっても身近であり、環境へのリスペクトが深く根付いている。永続的に楽しめるよう自然を汚さないことは当たり前なのだ。注意や禁止事項の多い日本のキャンプ場や自然公園などが知ったら、さぞカルチャーショックだろう。普通のリスティングとはテイストが異なるが、「ユニークな宿泊先や体験」を売りにしているAirbnbも頷けるアプローチだ。「放浪の自由」を設けた国もまた国民を信頼している証拠と言える。

 

Society, Innovation, Sustainability & Creativity

他にもいい意味で「国のやることなのか!」と驚いてしまう事業がいくつかあった。2014年に行われた「Democreativity」は世界中のゲームクリエイターが互いにアイデアを出し合い、意見し補足し合うことでさらなる発展が生まれるツールとして、国際的なカンファレンスや教育の現場で取り上げられた。2016年の「ShareWear」はスウェーデン・デザインの服をタダで借りられる替わりに、着終わったら捨てるのではなく次の愛用者へシェアすることで、スウェーデン・ファッションのサステナブルな面に着目したプロジェクトだ。どれも地元のデザイン会社と協力して作られている点で「国産」に忠実であり、多角的に国家の印象付けに貢献していると考えられる。国の宣伝といえば一般的には行政が民間企業へトップダウン式に依頼しているケースが多い。一方スウェーデンでは、国家ブランディングについて考え始めた24年前から両者が同じテーブルに着いて評議会(NSU)を設けている。広報の方法のみならず、運営体制やメッセージ性も重要だと考えていることがカンヌライオンズをはじめ、数々の受賞歴に反映されている。

スウェーデン以外にもいくつかある世界の国家ブランディング・プロジェクトは、災害やテロの後にマイナスイメージの払拭をかけて行われることが多い。だから北欧諸国がなんとなくおしゃれで先進的だと知っている人にとって「別にこんなにがんばらなくても」と思うのは自然な感想である。でもスウェーデンは国のイメージを全く一から再構築しようとしている訳ではない。特定のターゲットを設定し具体的な目的地や体験を紹介することで、単なる興味を確実な予約につなげようとしているのだ。スウェーデンがターゲットに定めている「Global Traveller」は各国の比較的旅慣れをしていて、新しい場所や経験を求めている層を指す。

スウェーデンは9つの国の、特に都会に住み、高等教育を受けた富裕層を想定して観光PRを行っている。

 

社会、イノベーション、サステナビリティと創造性の4本柱をビジョンに掲げ、様々な人や考え、企業を呼び込むことで流動的な社会を作ろうとしている。つまりスウェーデンは、世界からこれら4つの代表格として知られたいと思っているのだ。代表格になることでGDPや生活水準とは異なる基準のレースで世界の先陣を切ろうとしている。

 

スウェーデンがブランディングする理由

「民営化」したSNSと市民と直接話せる電話番号を介して、世界各地の日常をスウェーデンとつなげた。今や私のような学生の安旅には欠かせないAirbnbにも、スウェーデンが載っている。目にする機会が増えると行きたくなる。これはスウェーデンの思う壺なのか。

本題の、スウェーデンのブランディングから果たして何が考えられるのか。ブランドとは何なのか。

ブランディングとは、市場原理の中で「良いもの」が淘汰されないために残す工夫だと思う。「良いもの」とは品質や使いやすさの観点からだけでなく、どれだけニーズに応えられているのか、唯一無二であるのかも判断基準としよう。そしてなんでも「良いもの」に見えるようにするのではなく、そのものに見合った価値を受け取りやすく伝える方法だと考えた。スウェーデン発の企業が成功しているのは革新的で良い品やサービスを提供しているのはもちろんのこと、ブランディングを通してその価値を上手く他者に伝えているからだ。国という存在は市場原理によっておびやかされないだろうが、市場原理の働く企業がスウェーデンから生まれやすく続きやすい環境を整備し、世界に向けてアピールすることで唯一無二になれるかもしれない。また個人の旅行者にスウェーデンは良い国であることを伝えることで「今までに行ったことのないような場所」を求める彼らのニーズに応えている。こうして向上する社会の多様性は結果、スウェーデンの人々のためになる。受け取り手のいる「外」に向けてするブランディングは、後に「内」にいる自分たちに還ってくる。

スウェーデンは小さな国である。ただひたすら隣国同士で侵略しあっていた時代からここまで来た。この小さな国が誇る社会、イノベーション、サステナビリティと創造性をスウェーデンらしさとして世界に認知させるため。ツーリズムを活性化させスウェーデン市民にとってより良い社会を作るため。未来でも「良い国」であり続けるために、スウェーデンはブランディングをしているのかもしれない。

と考えてみたところで、そろそろスウェーデンに習ってFikaの時間を取ろうと思う。

 

ありがとうございました。

 

出典:

ツイッターは市民に任せた!

Twitter: Curators of Swedenアカウント(@sweden)

MashableAsia(Thomas Brühlコメント)
“Sweden Twitter Experiment Goes Painfully Awry”

 

「もしもし、こちらスウェーデンです」

Youtube: “The Swedish Number | The Prime Minister answers for Sweden”

Contagious
“Insight & Strategy: The Swedish Number” (Björn Ståhlインタビュー)

DestinationThink!
“Letting go of brand control: Why the Swedish Tourist Association empowers residents to speak for themselves” (Magnus Ling)

 

宿泊先は自然の中

BuzzFeed, Inc.
「スウェーデンが“国全体”をAirbnbに登録 どこでも自由に宿泊可能に」

 

参考:
ツイッターは市民に任せた!

Sweden Sverige
“Curators of Sweden”

Volontaire
“Seven Years of @Sweden”

 

「もしもし、こちらスウェーデンです」

Swedish Tourist Association
“The Swedish Number”

 

宿泊先は自然の中

Airbnb
“Sweden on Airbnb”

forsman&bodenfors
“Sweden on Airbnb – Visit Sweden”

Visit Sweden
“Overview: Freedom to Roam”

 

Society, Innovation, Sustainability & Creativity

Prime Weber Shandwick
“ShareWear (2016)”

Prime Weber Shandwick
“Democreativity (2014)”

The Local
“Sweden unveils new brand identity facelift”

Visit Sweden
“Sweden Ranked #1 as the World’s Most Reputable Country”

Sharing Sweden
“Strategy for the promotion of Sweden 2.0”